昨年から、自分のビジョンをこう言葉にしています:「世の中の組織をネコらしくする」。
そうすると当然、聞かれるわけです。
「ネコらしい組織って何ですか?」
実は簡単には答えられません。ワンフレーズの定義があれば良いのですが、私自身の体験と信念に絡みついた概念なので、「話すと長いよ!」と答え始めることが多いです。
ただ、何度も聞かれて、何度も答えに困ってきたので、ちゃんと書き下ろそうと思いました。
この記事は、自分の体験、信念、価値観を通じて、ネコらしい組織の定義に近づいていきます。
高校生時代はゲームを作っていた
そもそも私は、人が楽しむ姿を見るのが好きな人間です。
中学校と高校の頃は絵を描くのが好きでした。将来的にそういう芸術的な要素のある仕事だったらいいなと思い、アートも学べる高校に進んだわけですが、周りの他の生徒たちのレベルを実際に見たら、絵を描くだけじゃ無理だろと痛い現実を見始めました。
同じ時期に、プログラミングに出会いました。手で描く絵はかなわなくても、コードなら世界観をゼロから作れる。ストーリーも、雰囲気も、体験そのものも、自由に操れる。すっかりハマって、ゲームをゼロから作ってはクラスで配り、みんなが夢中で遊ぶ姿を眺めていました。
自分の作ったもので、目の前の人が楽しんでいる。この充実感が、私の仕事観の一番深いところにあります。当時は「会社を作って世界征服だ」と言っていました。まさか本当に会社を作るとは、当時は思っていませんでした。
その後、大学でコンピューターサイエンスに進学しながら、日本語を学び始めて、やがて日本でキャリアをスタートすることになりました。
仮面をつけて出社していた日々
最初の会社で、私は毎朝仮面をつけて出社していました。
キャリアの始まりは、日本にある大手外資系IT企業でした。基幹システムの構築や運用に関わる、いわゆるシステムインテグレーションの現場です。
そのときに自分の考え方が変わるターンがありました。プログラミングで世界を変えていくという信念を持っていましたが、組織の構造、プロセス、仕組み、役割などがより成果に影響をもたらすものだと思い始めて、その時点でプログラミングから気持ちが少し離れるようになりました。
熱心(で傲慢で無謀で怖いもの知らず)な自分が良い成果を出そうと色々と手掛けていきますが、早い段階で固いルールにぶち当たります。「決まっているから、その通りにしなさい」。本来目指す価値を考えたらそうじゃないよね、と思っても、その問いは歓迎されません。
私はルールをガードレールだと考えています。道から外れないための支えであって、常に通用するものではない。通用しなくなった瞬間にどうするかが、本当は一番大事なはずです。でも当時の現場では、ガードレールに沿って走ること自体が絶対になっていました。
そういう環境で働き続けると、人は器用になります。出社前に仮面をつけて、別の自分になりきる。感情と熱意はあらかじめ殺しておく。仕事が終わったら仮面を外して、自分に戻る。
素の自分を見せても、自発的に新しい試みをしても得しない。むしろ損することさえある。それが私の最初の仕事体験だったので、「仕事とはこういうものだ」と結論づけていました。会社という世界はトップダウンであって、社員を大事にするというマーケティングのようなコミュニケーションはあっても、行動は伴っているように見えないし、自分たちは好き勝手に振り回される駒にすぎないとまで思わされているものでした。
※ ちなみに、これは日本特有の話ではありません。コーチとして海外の組織にも関わる今なら断言できます。仮面の文化は、どこの国にもあります。
コーヒーの朝
転職した先で、朝が弱いはずの私が、誰よりも早くオフィスにいました。
次に移ったのは、30人ほどの小さな会社でした。アジャイルという考え方とプラクティスを使って、コンシューマー向けのプロダクトを開発している会社です。
私は朝が弱い人間です。ギリギリ遅刻するかしないかのラインで出社するのが通常でした。そんな私が、気がつくと就業時間より前に出社して、みんなのコーヒーを淹れて、出社してくる同僚と雑談していました。誰かに頼まれたわけでも、評価されるわけでもないのに。
あれ、絶対に何かが違う。
何が変わったんだろう、と考えました。
「組織のプロセスや構造は変わったが、それが原因ではない(むしろよりぬるくなった!)、B2BからB2Cでより新しい技術に変わったことももちろんあるけど、それだけでない。やっぱり人なのか。確かにリーダーの言っていることとやっていることにズレはないし、本当に他人を大事に思うことが伝わるし、この組織の文化があるのままの自分が許されているからか。」
プロセスや構造よりも人、関係性を大事にする文化でした。まさにアジャイルの価値の一つですね。
そのお蔭で自分らしく振る舞うようになり、ゲームを作っていた時代のように遊びの要素を取り入れたり、アジャイルについてさらに探求したり、プログラミングと再び仲良くなり、仕事を本当に楽しめるようになりました。
その時点で考え方が再び変わるターンが訪れて、今度は「人、関係性、文化」、それこそ組織にとって真の力の源になると信じるようになりました。
このエピソードは環境が変わったから楽しくなった、という話ではないのです。素の自分のまま動いていい環境が、自分の側の一歩を可能にしていた。環境と主体性の掛け算です。どちらが欠けても、あのコーヒーの朝はありません。
そして周りの人たちと話すと、「会社が嫌い」、「仕事が楽しくない」、「もう辞めたい」などと、以前諦めていた自分が言いそうなセリフにたくさん気づけるようになり、そしてそれに対して少しでも何か出来ないかと考えるようになりました。
自分の会社で試される番
会社を作って、今度は自分が問われる番になりました。
yamanecoは、私が一人で始めた会社です。一人なら組織運営は適当でいい。やりながら考えればいいと思っていました。
しかし、このアドホックな進め方は人が増えると、破綻します。自分たちの場合は10人を超えたあたりで、それを体験しました。
そこで突きつけられた問いはこうです。自分がずっと違和感を持ち続けたトップダウン方式を、今度は自分がやるのか?
答えはノーでした。ただ、じゃあどうするのかには、しばらくモヤモヤと悩み続けました。
3年ほど前、私たちはホラクラシーを導入して、自律分散型の運営に切り替えました。外部の運営モデルを丸ごと取り入れる決断です。お客様に自己組織化を語る会社が、自分の組織で実験しないわけにはいきませんし、起業がどうせ失敗するなら、悔いなくとことん試してみれば良いと思いました。
正直に書くと、順番はきれいではありません。先に運営が破綻して、悩んで、それから仕組みを変えた。創業者の私自身が意思決定の中心から降りることは、頭で理解するのと体でやるのとでは、まるで別のことでした。それでも、この体験学習から得たエッセンスが、いま私たちが他の組織のリーダーに伝えているものの核になっています。
なぜ、ネコなのか
ネコという言葉にたどり着いたのは、私だけではありませんでした。
そもそも、なぜyamanecoなのか、から始めてもいいです。会社を立ち上げる際に屋号を考える必要があるわけですが、世の中によくありそうな〇〇コンサルティングやホゲホゲシステムズとか、私が変化をもたらしたい思いがあるのなら、社名もブランドもそれを体現するものが欲しいと思いました。だからピンク色を使っていますし、そして軽いブレストで「ヤマネコ」が出てきて、猫が好きなので採用したわけでした。
偶然に日本には「組織のネコ」という言葉があります。仲山進也さんの著書『「組織のネコ」という働き方』が広めた概念です。実はあとから知ったのですが、「イヌの皮をかぶったネコ」という表現があって、これは私の仮面の話と同じものを別の角度から見ている、と思いました。イヌ型の組織の中で、ネコがどう健やかに生きるか。
そしてもうひとつ。RSGT2026の基調講演の最後に、Dave Snowdenがこう言いました。「世の中にはイヌのような組織が多すぎる。もっとネコのような組織が必要だ」。会場でこれを聞いたとき、感動しました。組織に同じギャップを感じていたのは、私だけではなかった。しかも、たどり着いた言葉まで同じだった。
私が大事にしたいのは、仲山さんの一歩手前、Snowdenの言う方向です。組織の中でネコとして生き延びる知恵ではなく、組織そのものがネコらしければ、そもそも誰も皮をかぶる必要がない。
ネコは仮面をつけません。命令で動かすこともできません。それでも、自分で選んだ相手とは見事に協働します。本能と感情を手放さず、堂々と自分自身のままでいる。
そして、ネコには遊びがあります。yamanecoが「People × Technology × Fun」を掲げているのは飾りではありません。ゲームを配っていた高校生の私が知っていたとおり、人は楽しんでいるときに一番よく学び、一番よく動きます。真面目さと遊び心は、対立しません。
というわけで、コーチングを学ぶ際、個人ビジョンに立ち返る機会が増えて、そしてある日、自分の過去の体験と明確にできた価値観から「世の中の組織をネコらしくする」という文言にたどり着いたわけです。
定義できないことを、正直に認める
「ネコらしい組織とは?」と聞かれると、答えに困る自分がいます。
先日も、あるコミュニティの対話の場で、まさにそう聞かれました。私は定義を答える代わりに、ここに書いてきたような道のりを話しました。
ネコらしい組織は、私にとって概念です。ワンフレーズでは定義できません。辞書に載るような言語化をしたい方は、皆さん勝手にやってください。私はそこが苦手なので。
その代わり、瞬間なら挙げられます。朝が弱い人間が、頼まれてもいないのに早起きしてコーヒーを淹れていた、あの朝。論理では説明しきれないけれど、体が先に知っていた瞬間。
論理思考だけでは答えが出ない時があります。私たちは生まれつき、豊かでパワフルな感情と本能を持っている。多くの組織はそれを忘れさせる方向に働きますが、忘れたものは取り戻せます。個人としても、チームとしても、組織としても。感情を情報源として扱う話は、気づきの3領域の記事に書きました。
あなたにも、仮面を外せた瞬間がきっとあるはずです。それが何の瞬間だったかを思い出すこと。たぶんそれが、一番早い定義です。
世の中の組織をネコらしくする
この文言に落ち着くまでに、ここに書いた道のりの全部が必要でした。
社名がyamanecoですから、必然と言えば必然です。ゲームを作っていた高校時代も、仮面の日々も、コーヒーの朝も、自分の会社での実験も、全部つながっています。
いま私は、コーチやファシリテーターとして組織に関わっています。高校生の時にゲームを作っていたのと同じ手つきで、今はワークショップという学びの体験を作っています。媒体が変わっただけで、やっていることは本質的に変わっていません。組織づくりは、私にとってアートです。
最後に、ひとつ質問を置いていきます。
明日の仕事に、どの自分を連れて行きますか。