セルフマネジメント勉強会レポート:ホラスピリットCEO来日講演

2025年春に開催された「セルフマネジメント勉強会」における「ホラスピリット」創業者兼CEOの特別講演内容を紹介。25年にわたる経営の軌跡から、ホラクラシーとの出会い、そして最新の組織運営パラダイムまでを網羅。ヨーロッパで観察された「チームオブチーム型組織構造」「インパクト志向とESG規制」「スチュワード・オーナーシップ」という3大トレンドと、複雑性時代における組織進化の方向性を解説。透明性から自律性へ、そして集合的知性の可能性を探る内容となっています。
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セルフマネジメント勉強会レポート:ホラスピリットCEO来日講演

はじめに

2025年春「セルフマネジメント勉強会」が開催されました。この勉強会は、セルフマネジメントやホラクラシーを実践・探究する人々が集い、知見を深める貴重な場でした。

今回の勉強会の中核的イベントとして、ホラクラシーを支援するツールとして世界的に評価される「ホラスピリット」の創始者兼CEOのPhilippe氏の来日講演が実現しました。この講演は、理論と実践の融合点に立つ先駆者から直接学ぶ特別な機会となり、多くの実務家や研究者が参加しました。

本記事では、この特別講演から得られた内容をシェアしたいと思います。

第1部:ホラスピリット創業からの軌跡

テクノロジーと組織変革の25年間の軌跡

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Photo by Bhawana priyadarshini / Unsplash

Philippe氏の25年に及ぶ経営の旅は、テクノロジーと組織構造の共進化を体現しています。インターネット黎明期に技術系の会社を創業し、2005年頃にブログサービス「トークスピリット」を立ち上げた時期は、デジタルコミュニケーションの可能性がまだ十分に理解されていない時代でした。

「会話の力」という哲学的確信から名付けられた「トークスピリット」は、Facebookがヨーロッパに拡大し始めた2006-2007年頃、職場におけるソーシャルネットワークの戦略的活用という先見性がありました。これは、「働き方におけるコミュニケーションの本質的重要性」という現代的理解の先駆けとなりました。

2012年までに社員30人規模に成長し、フランスの主要ブランドや産業向けに数百の企業向けソーシャルネットワークを構築するまでになった同社。この組織的拡大は、Philippe氏に初めてマネジメントの本質と課題を直接体験させ、従来の組織構造を根本から問い直すきっかけとなりました。

ホラクラシーとの出会い:組織構造の根本的再考

yamanecoのホラクラシーガバナンス

Philippe氏曰く「自分がみんなのマネージャーになることを望んでいなかった。それぞれが自分の役割において起業家のようになれる考え方が私の印象に合っていた」

2013年、ZapposのTony Hsiehの記事を通じて「ホラクラシー」と出会った氏は、研修を受け自社に導入。ソフトウェア開発の強みを活かし独自のホラクラシーツールを開発し、「ホラスピリット」として20カ国以上の言語で展開するに至りました。

このツールの核心は「透明性」にあり、透明性が自律性を生み出し、心理的安全性の基盤となるという洞察が根幹を形成しています。

第2部:現在の展開

デジタルワークプレイスとセルフマネジメントの有機的統合

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Photo by Simon Berger / Unsplash

2025年1月、同社は戦略的なリブランディングを実施しました。元々別々の軌道で発展していた「トークスピリット」(デジタルワークプレイス)と「ホラスピリット」(セルフマネジメント支援ツール)を統合し、「次世代の組織のためのオペレーティングシステム(OS)」というコンセプトを確立しました。

この統合により誕生したプラットフォームは、三つの相互補完的領域をサポートします:

  1. コミュニケーション - 組織内の効果的な情報流通と対話促進
  2. コラボレーション - チーム間の有機的協力体制の構築
  3. オペレーティングシステム - 組織の基盤となる構造的仕組みの提供

この統合は単なる製品合併を超え、両者の深いシナジーを活かした進化的結合であり、組織運営の新たなパラダイムを示唆しています。

ヨーロッパの3大トレンド:組織の未来像

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Photo by Rachael Ren / Unsplash

現在500社以上、30カ国以上に展開するホラスピリット。Philippe氏は様々な経験から観察されたヨーロッパの3大トレンドを共有しました:

  1. 組織構造の根本的変化:伝統的階層型組織から「チームオブチーム」や「ネットワーク型チーム」への移行。この複雑な変革には、CEOの本質的理解と強力なコミットメントが不可欠です。「変革の中央にCEOがいること」
  2. インパクト志向とESG規制の深化:ESG(環境・社会・ガバナンス)規制が、企業のインパクト志向を加速。企業目的(パーパス)とインパクト創出が、製品・サービス・従業員体験・顧客体験といった従来の優先事項を超え、組織の中心的価値として位置づけられています。
  3. 革新的所有形態の出現:「スチュワード・オーナーシップ」という新たな哲学的アプローチ。所有者として支配するのではなく、執事のように価値を守り育てるという信託を中核とした概念で、パタゴニアやボッシュなどの先進企業で採用されています。

これらのトレンドは日本の実践者にも深い示唆を与え、活発な議論を生みました。

第3部:今後への展望

セルフマネジメントの実践:透明性から自律性へ

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Photo by Steven Weeks / Unsplash

「アジャイル開発にスクラムが必要なように、ガバナンスにも適切なツールが必要」というPhilippe氏の言葉は、構造とツールの根本的重要性を示しています。トークスピリットの20年にわたる進化とセルフマネジメント機能の統合は、GoogleやMicrosoftとの差別化において真の「ブルーオーシャン」を創造しています。

このアプローチの核心にあるのは「透明性」という基本原則です。透明性の確立が自律性を生み出し、さらに組織全体の心理的安全性の基盤となるという深い洞察が、このプラットフォームの根幹を形成しています。

日本の参加者からは、文化的文脈における透明性実現の方法論や、日本特有の組織課題への適応戦略について質問が寄せられました。氏は文化的差異の重要性を認めつつも、透明性という普遍的価値の本質的意義を強調しました。

複雑性時代の組織進化

Philippe氏との対談使ったホワイトボード

ホラスピリットは単なるツール提供を超え、「組織がインパクトを創出するための加速」という深い使命を掲げています。この背景には、あらゆる組織に固有のパーパス(目的)があり、そのインパクトを最大化することが本質的に重要であるという認識があります。

複雑性が増す現代社会において、組織は継続的適応能力を発揮する必要があります。Philippe氏は「集合的知性(コレクティブインテリジェンス)こそが複雑性を本質的に乗り越える鍵である」という確信を表明し、その集合知を最大限に引き出す組織形態としてセルフマネジメントの可能性を示しました。

講演の締めくくりとして、「セルフマネジメントを実践する組織こそが、この複雑な世界でリーダーシップを発揮できる」という未来展望が示されました。これは効率性や生産性の向上を超えた、組織の根本的進化の方向性を指し示すものです。

この特別講演を通して、ヒエラルキーからホラクラシーへ、支配からスチュワードシップへ、単なる利益追求からインパクト創出へという、組織の根本的パラダイムシフトの可能性が示されたと思います。現代組織はどのように自らを再定義していくのか、ホラスピリットの哲学と実践から学ぶ貴重な機会となりました。

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