教えるときは、人は学ばない

良い研修を設計しても、3ヶ月後の現場で何も変わっていない。原因は伝え方でもコンテンツでもない。教えるという行為は、学習プロセスの一部ですらないからだ。コルブの経験学習理論が示す、サイクルと「場」と多様性、そしてリーダーとファシリテーターの4つの役割について。

昨年、ある企業にてマネージャー向けの1日研修をしてきた。持って帰りたいエッセンスをしっかり捉えて、コンテンツと空間を念入りに設計し、ロールプレイも入れた。受講後アンケートの満足度は高く、参加者は熱心で嬉しいフィードバックを頂いた。

3ヶ月後、部長との打ち合わせの際に「メンバーはあまり変わっていないようです」と疑問を抱きながら問いかける。

似たような経験をしたことのあるリーダーやファシリテーターは多いでしょう。良いコンテンツを揃え、丁寧に伝え、参加者も納得した顔をしている。それでも、職場に戻ると何も起きない。

最初は伝え方を疑う。次にコンテンツを疑う。そしてフォローアップをもっとかけようとする。しかし、そこには痛くて大事な事実がある。教えるときは、人は学ばない。


学びはサイクルとして起きる

デイヴィッド・コルブは学習をこう定義している。「学習とは、経験の変容を通じて知識が創られるプロセスである。知識は、経験を掴み取ることと、経験を変換することの組み合わせから生まれる」

コルブの理論は、この2つのプロセスがそれぞれ2つの対立するモードを持つことを示している。

  • 経験を掴み取る、つまり経験から情報を取り入れるプロセス。そこには、具体的経験(CE)と 抽象的概念化(AC)という対立する2つのモードがある。
  • 経験を変換する、つまり経験から知識を変容するプロセス。そこには、省察的観察(RO)と 能動的実験(AE)という対立する2つのモードがある。

学習はこの2つの対立軸が生み出す創造的なテンションから起きる。具体に浸ることと、概念に引き上げること。立ち止まって眺めることと、動いて試すこと。それぞれの両極が引き合い、押し合うなかで、経験は知識へと変換されていく。

教えるという行為は、このプロセスの一部ですらない。情報の引き渡しにすぎない。引き渡された情報が学習プロセスを起動するかどうかは、学習者の側に委ねられている。その人の優位な学習スタイルや、現在の関心、そしてその情報を「経験として掴み取り、変換できる場」が用意されているかどうかに依存している。条件が揃わなければ、情報はそのまま通り過ぎる。学習は始まらない。

そして学習は一度の周回で終わるものではない。経験が省察によって深められ、概念化によって意味づけされ、行動によって変容する。次の経験はそこからさらに豊かになり、次の周回が前の周回を持ち上げていく。学びとは、この螺旋を上昇していくプロセスだ。

だから、どこかのモードが欠けたり対立軸の片側だけに留まったときに、創造的なテンションは生まれない。「学んだ気」は、職場に戻れば消える。そして、教えれば教えるほど、学びから遠ざかる。


学びは「場」の中で起きる

コルブの理論でもう一つ大事にされている要素は「場」(意味を宿す文脈、知識創造の基盤となる共有空間)である。

学習空間と聞くと、多くの人は研修室や会議室を思い浮かべる。コルブが言う学習空間はもっと広い。物理的な空間、文化、組織制度、人間関係、心理的な状態。これらすべてが学習空間を構成する次元として存在する。同じ研修コンテンツを使っても、参加者が「ここでは安心して話せる」と感じる場と、「ここでは失敗を見せてはいけない」と感じる場では、起きる学びが根本的に違う。

「場」は元々野中郁次郎先生と紺野登先生の知識創造理論で知られていて、コルブはこの概念をそのまま自分の理論に組み込んでいる。

「場」は、暗黙知が共有されるために必要な条件として、参加者間の壁を取り払うこと、そしてケア・信頼・コミットメントの雰囲気を要求する。コルブはこれを学習空間にも当てはめる。心理的安全性、真剣な目的意識、相互の尊重。これらが揃わなければ学習は起きない。

心理的安全性が学びの前提になるのは、こういう理屈だ。失敗を言語化できる場、想定外を素直に共有できる関係。これがなければ、いくら時間と良質なコンテンツを投入しても、学習のサイクルは回らない。

ファシリテーターとリーダーとして本当にフォーカスしたいのは、伝える内容よりも場づくりである。


学びには多様性がある

人がサイクルのどこから入り、どのモードで深く学ぶかは、一人ひとり違う。 同じ場、同じコンテンツ、同じ問いかけでも、ある人は理論の整理から学びを得て、別の人は実際にやってみることから学びを得る。さらに別の人は、じっくり省察する時間からはじめて意味を取り出す。学びには、根本的な多様性がある。

コルブはこの多様性を9つのスタイルに体系化している。

スタイル 特徴 強い学習モード
Initiating(始動型) 経験と行動から状況に飛び込む CE + AE
Experiencing(経験型) 経験の深さに意味を見出す CE 中心
Imagining(想像型) 経験と省察から可能性を描く CE + RO
Reflecting(省察型) 持続的な省察で経験と概念をつなぐ RO 中心
Analyzing(分析型) 省察と概念化で体系を作る RO + AC
Thinking(思考型) 抽象的・論理的推論に深く関わる AC 中心
Deciding(決定型) 概念化と実験で問題解決と意思決定 AC + AE
Acting(行動型) 目標達成のため人と仕事を統合する AE 中心
Balancing(バランス型) 4つのモードを状況に応じて使い分ける 4モード均等

このフレームをタイプ論として固定的に使うと、むしろ成長の幅を狭める。「あなたは○○型だから」というラベリングは、診断としての価値を失って決めつけになる。9つのスタイルは、その人の「現在の入口」を示すレンズとして使うのが適切だ。

学びの多様性は、ファシリテーターやリーダーの設計上の課題を生む。理論の説明から始まる場は、経験から飛び込みたい人を最初の15分で取り逃がす。逆に体験から始まる場は、まず全体像を把握したい人を不安にさせる。誰のスタイルに合わせて場を始めるかは、誰のスタイルを切り捨てるかと同じことだ。「全員に同じ伝え方をする」ことを平等だと考える発想は、この多様性の前で崩れる。

ファシリテーターやリーダーの仕事は、この多様性に応えることだ。誰のスタイルから入るかを意識的に選び、入口を複数用意し、サイクルを通じて全員が学べる構造を作る。


ファシリテーターとリーダーの4つの役割

コルブはサイクルの各ステージに対応する、4つの教育者の役割を提示している。

役割 サイクル位置 振る舞い
Facilitator(ファシリテーター) CE + RO 温かく肯定的な姿勢で、学習者の経験を引き出し、省察を促す
Subject Expert(専門家) RO + AC 権威的・反省的な姿勢で、知識を体系的に整理し、概念化を助ける
Evaluator(評価者) AC + AE 客観的・結果志向の姿勢で、基準を示し、応用への移行を評価する
Coach(コーチ) AE + CE 協働的・励ましの姿勢で、個人の文脈で実験を促し、フィードバックを返す

ファシリテーターとリーダーとして、4つの役割を必要に応じて切り替える必要がある。1日のワークショップの中で、ファシリテーターは経験を引き出す瞬間と、概念を整理する瞬間と、応用を評価する瞬間と、次の実験を励ます瞬間のすべてを演じることになる。

リーダーの日常も同じ構造を持つ。1on1やメンタリングなどの冒頭でメンバーの経験を聴き出す(Facilitator)。話を整理して概念に落とし込む(Subject Expert)。仕事の基準と期待を明確に示す(Evaluator)。次のチャレンジに向けて並走する(Coach)。

逆に、「進捗確認」だけの1on1は、Evaluator役に固定された状態だ。「悩み相談」だけの1on1は、Facilitator役に固定された状態だ。どちらもサイクルの循環を促していない。

ワークショップの90%が知識伝達(Subject Expert)で埋められ、最後の10分で「持ち帰って試してください」となる構造も同じだ。Coach役が場の中に存在せず、Evaluator役が宿題に丸投げされる。サイクルは場の外で消えていく。

4つの役割を意識すると、設計の観点が変わる。「自分の今の姿勢は、サイクルのどこに対応しているか」「次にどの役割に移るべきか」「このメンバーには今、どの役割で関わるべきか」。


教えることをやめると、人は学び始める

経験を与えることも、知識を伝えることも、リーダーやファシリテーターの仕事の一部ではある。けれど、それだけでは学びは生まれない。

学習は、4つのステージを巡るスパイラルだ。スパイラルは「場」の中で起きる。人は9つのスタイルのいずれかから学びに入る。教える側は4つの役割を演じ、サイクルに合わせて姿勢を変える。これがコルブの理論が示している学びの全体像だ。

次に場を設計するとき、伝えたい内容よりも先に考えてほしい。回したいサイクルはどんな形をしているか。場の質はどう整えるか。参加者やメンバーは今、9つのうちどのスタイルから入っているか。自分は今、4つの役割のどこに立つべきか。

教えることをやめたとき、はじめて人は学び始める。

JB Vasseur

JB Vasseur

Founder / Facilitator and Coach / I love cats 😽