最近スクラム研修にて受講生から質問を受けました:
ワインバーグの表ですが、何故30年も前に研究結果として無駄とわかっているマルチタスクが未だに世間では求められているのでしょうか? ジェラルド・ワインバーグ (Gerald Marvin Weinberg) - Quality Software Management: Systems Thinking (1991) ワインバーグの表と呼ばれているものは上記のグラフで表すように並行作業の数が多ければ多いほどコンテキストスイッチの時間が多くなり、各作業に割り当てられる実際の時間が激減すると、マルチタスキングがいかにも悪だと証明する研究結果です。
さらに、イギリスの心理学者 Glenn Wilson 博士も、マルチタスクでストレスレベルが過度に上昇すると、IQ(知能指数)を10ポイント低下させるため(徹夜した状態、大麻を吸収した状態よりも悪いのだと!!)、問題解決能力を低下させると語っています。 それに、ストレスホルモンのコルチゾールが脳内に増加すると、記憶力の低下にもつながるそうです。
では、なぜ人間はマルチタスキングの効率が非常に悪いと理屈で理解していてもやってしまうのか、気になったのであらゆる側面で回答してみようと思います。
テイラー主義によるリソース効率の重視 産業革命の時代に遡ります。テイラーやフォードなどから生まれたマネジメント手法では人材に単純で明確な作業を与えて製造ラインのように稼働率で管理するようになりました。あの時代ではリソースの効率を高めることによって収益が上がっていた訳です。そして人材というリソースの効率を上げると考えると単純に稼働率を上げればよいと思いがちなのですね。
人の空いた時間に追加の仕事を指示してしまえば、稼働率が上がって、収益もあるという考え方が定着し、会社の文化の一部になりました。
テイラー主義自体がマルチタスキングを起こしているのかと考えてみると、そうではないと思います。
なぜなら、テイラー主義では「単純で明確な作業」を一つ一つこなしていくという概念がありますのでそもそも労働者にマルチタスキングをさせないはずなのです。
ところがアサインされる仕事が単純明快なタスクではなく複雑なプロジェクトの単位になってくると、複数のプロジェクトを同時に進行させる状態になってしまいます。
プロジェクトの予算が少ないからプロジェクトAには50%しか入れなかったり、勿体ないから残りの50%を別のプロジェクトBとCに割り当てたりして稼働率をなるべく100%にしようという働きかけが起こってしまいます。
世の中が知的経済、情報化社会 に変わってゆき、仕事の性質が大きく変わって、より複雑で変化しやすくなりました。
組織に求められる特徴:産業革命時代 vs 情報化社会時代 そういった時代ではテイラーリズムがますます通用にしなくなりましたが、そのテイラーリズムから受け継いだ文化は未だに残っており根強いです。
人類の進化と脳の報酬系 人間の脳は、進化の中で様々な状況に対応するために発展してきました。狩猟や採集、危険からの逃避など、同時に異なる課題に対処する必要があったため、マルチタスクへの適応が進んだと言われています。
つまり人間はたくさんの情報を同時にと扱うことで生き延びてきたわけです。
したがって人間の脳は新しい情報や刺激に対して反応し、その活性化が快感をもたらすようになりました。
複数のタスクに同時に取り組んでいくと、この報酬系 が活性化され、人は達成感や興奮を覚えると考えられます。
薬物依存症と同様にマルチタスキングからの脱却が困難だと想像してみると恐ろしいですね。。
楽観のバイアス 一般的に、人間は楽観的なバイアスを持っている傾向があります。これは「楽観のバイアス」と呼ばれ、自分自身や自分の未来に対して楽観的に見積もる傾向を指します。
楽観的であることによって、ストレスや不安を軽減する効果があり目標達成へのモチベーション向上と維持に繋がります。さらに、社会的な期待や文化的な価値観も楽観のバイアスに寄与することがあります。多くの文化では前向きな態度が重視され、楽観的な考え方が奨励されることがあります。
Extreme Programming Explained ではKent Beck氏が「楽観主義はプログラミングの職業上の危険である。フィードバックが治療法である。」と提唱しています。
マルチタスキングにおいても、人間は楽観的に考えているのではないでしょうか。
例えば、前の人と対話しながら携帯でメールを書いても支障はないと思いたくなります。実際にはどちらも中途半端になったり、メールがちゃんと書けたとしても前の人の話しは全く聞けていなかったり、いずれにしてもちゃんとやろうとすると同時に一つのことにしか集中できないのです。これは人間の脳の仕組み上の制限であり、個人差があったとしても結果は変わりません。
それでも人間は信じたいのです!自分ならうまくマルチタスキングができると。
マルチタスキングとどう向き合っていくべきか 神経心理学、行動学、歴史、経済学と社会学、まさかそこまで探求することになるとは思っていませんでした。
マルチタスキングは人類の進化に欠かせないものとされていますが、効率が非常に悪いともされています。
しかし、変化が激しくて解決すべき課題がより複雑になっていく現代の商法化社会では色んな情報と取り入れたり、複数の課題に同時に直面したり、手探りでタスクを転々と切り替えていくことがますます求めれてきています。
ではどうしてマルチタスキングと向き合っていくべきですか?
「A Survey of Multitasking Behaviors in Organizations 」(Macrothink Institute 、2014)の研究結果によるとマルチタスキングは高い生産性に繋がり、組織にとって欠かせないものと認識されている反面、マルチタスキングにおける知識とプラクティスの教育は組織からほとんど提供されていません。実際の問題はそこにあるかもしれません。
今後は同じように質問を受けたときにマルチタスキングを一方的に悪者と考えるのではなく、必然的な存在とみてどううまくて付き合っていけるのか前向きに考えて回答してみたいと思います。