はじめに
この記事では、普段私がアジャイルコーチとして働いている時に、スクラムチームのレトロスペクティブ(以下レトロ)をどのように観察し、評価し、コーチングしているかをいったん整理したものです。私自身のためのものですが、他の方にも有用な情報があればいいなと思い、まとめました。
1. レトロスペクティブの目的
スクラムガイドには以下のように定義されています。
The purpose of the Sprint Retrospective is to plan ways to increase quality and effectiveness.
レトロの目的は「Quality(プロダクトの品質)」と「Effectiveness(チームの効果)」を高めることと考えています。この2つの要素がバランスよく扱われているかが、レトロの質を左右すると考えています。
2. 成功循環モデルとの接続

ダニエル・キムの成功循環モデルは、結果の質を高めるには行動の質を、行動の質を高めるには思考の質を、思考の質を高めるには関係性の質を高める必要があるという循環モデルです。
このモデルとスクラムガイドの定義を私は以下のように対応付けています。
| 成功循環モデル | スクラムガイド |
|---|---|
| 結果の質・行動の質 | Quality |
| 関係性の質・思考の質 | Effectiveness |
どちらが優れているという関係ではなく、両方がバランスよく扱われていることが重要です。
3. 偏りが形骸化を生むことがある
QualityとEffectivenessのどちらかに偏り続けると、話題が偏り、結果が生まれづらくなり、「またこの話題か」という閉塞感が生まれてきます。
Qualityに偏ったレトロの話題例
- 「なぜバグが残るのか?」
- 「自動テストができてない」
- 「リファクタリングしないと」
Effectivenessに偏ったレトロの話題例
- 「みんなで楽しいことをしよう」
- 「心理的安全性について勉強しよう」
- 「バーベキュー行こう」
どちらも悪いことではなのですが、問題は、閉塞感があるのに片方だけを突き詰め続けることです。
閉塞感を感じたとき、解決の鍵は「逆側」に埋もれていることが多いと考えています。プロダクトに対する行動改善(Quality)で解決しない問題は、チーム内の関係性や考え方(Effectiveness)に解決のヒントが隠れていることがあると考えています。
4. 技術的課題と適応課題
ロナルド・ハイフェッツによる課題の分類も有効なレンズとなります。
| 課題の種類 | 定義 |
|---|---|
| 技術的課題 | 既存の知識・スキルで解決可能な問題 |
| 適応課題 | 価値観・行動様式の変化を要する問題 |
QualityとEffectivenessそれぞれに技術的課題と適応課題が存在する。つまり2×2で4パターンあります。
形骸化を防ぐ目安として、4回に1回程度は適応課題にチャレンジすることを意識するとよいでしょう。ただし適応課題への取り組みはエネルギーを消費するので、チームのエネルギー状態を見ながら調整をしていくと良いと思います。パワフルなチームであれば高頻度でも問題ありません。
5. アクションアイテムの観察
スクラムマスターが偏りや形骸化の兆候を把握するには、アクションアイテムを観察する。私が良く見る3つの側面は、
過程:採用される続ける話題と無視される続ける話題の傾向はないか
内容:毎回似たようなアクションが出ていないか
達成:達成パターンが固定化していないか(常に未達成、リーダーがレトロ直前に形式的に達成処理、など)
6. 達成できるアクションアイテムを作るには

適応課題に対して、うまく小さなアクションアイテムが作れないチームを見ることがあります。 アクションアイテムを適切な粒度に分解するには、ロバート・フリッツの創造プロセスを使ってみることを私はおすすめします。
現在の状態(Reality)と理想の状態(Vision)を捉え、そのギャップからアクションを導きます。ポイントは、どれだけ具体的にVisionを描けるかにあります。
「心理的安全性を高める」という課題を例に取ってみましょう。
抽象的なVision:「言いたいことが言える状態」「傷つかない状態」
映像的なVision:心理的安全性があるとき、チームはどのように会話しているか。場所は?席順は?誰が最初にしゃべる?喋らない人は?距離感は?オンライン?オフライン?服装は?飲み物は?
ここまで具体化できれば、1週間後の状態も描きやすくなります。VisionとRealityのギャップからアクションは半自動的に生まれます。
7. ワークの選定と記録
レトロで使うワークには、Fan/Done/Learn、Mad/Sad/Glad、Sailboatなど様々なものがあります。特定のワークに良し悪しはありませんが、同じワークの継続使用は形骸化リスクを高めると考えています。
実践的なアプローチは以下の通りです。
- 様々なワークを試す
- チームの反応と出てきた話題の傾向を記録する
- 記録からワークごとのチームに対する傾向を把握し、状況に応じた選定に活用する
ワークの効果はチームによって異なります。自分が好きなワークだったとしても、あなたがレトロをファシリテートするチームがそのワークを好きだとは限りません。またあるチームでうまくいったワークが、他のチームでうまくいくとも限りません。まずはやってみて、その結果を記録し続けることで、経験値がたまり、どのチームにどのようなワークが合っているのかが見えてきます。
8. その他のこと
ここからは、少し場の設定的な話も書いておきます。
8.1 参加者に求められる姿勢
Spontaneous(自然発生的)であること。フレームワークに縛られすぎず、ファシリテーターを信頼して、感じたことをそのまま出す。時には思い切って暴れてみることも。
8.2 ファシリテーターの役割
安心安全の場を構築する。「この場は評価判断の場ではない」というメッセージや、Retrospective Prime Directive(チームメンバーは当時の状況で最善を尽くした)を繰り返し伝える。
一度伝えれば終わりではありません。議論に熱中するとチームメンバーはこれらの前提を容易に忘れものです。BGMのように継続的にファシリテーターは伝え続ける必要があります。
8.3 根本原則:継続的な調査と適応(Inspect & Adapt)
レトロの成否は「やり方」ではなく「継続的な調査と適応」によって決まります。
ベストプラクティスを Copy & Paste することにではなく、必要なのは絶え間ないInspect & Adaptを行い続けることです。これはスクラムの根本原則がレトロ自体にも適用されることを意味します。
9. 最後に
まずは新しいレトロのワークを調査し、実際に試し、チームの動きの変化を記録することから始めてはいかがでしょうか。
頭で考えるよりチームと向き合って見えることを重視する。正解を探すのではなく、自分のチームに合うものを見つけていく。それが継続的なInspect & Adaptの起点となります。
では、皆様良いふりかえりライフを。