東海バネ工業を訪ねて──“非効率”が価値を生む場所

Corporate Rebels は世界各地のローカル Rebel Cell を通じて、革新的な職場実践を紹介する活動を行っています。今回はRebel Cell Japanが大阪にある東海バネ工業株式会社を訪問し、洞察に富んだインタビューをしてきました。
- 4 min read
東海バネ工業を訪ねて──“非効率”が価値を生む場所

大阪・上本町の一角。静かなビルの一室に、世界中のものづくりを支えるバネメーカーの本社がある──東海バネ工業株式会社。

創業は1934年、法人設立からは81年。私たちが訪れたその日、社内はいたって穏やかな空気に包まれていた。しかし、その背後に広がっていたのは、常識では測れない“異次元”の経営の世界だった。


「真似したくない」と言われることが、最高の褒め言葉

会議室に入ると、夏目社長は開口一番、こう言った。

「うちに来る同業者は、皆こう言って帰るんです。『こんな非効率なまねだけはしたくない』って」

一同が笑いながらも困惑する中、社長は続ける。

「それでいいんです。それがうちの戦略ですから」

材料在庫は2年分を常備。稼働率を無視した設備投資。受注がなくても、技術相談には1時間以内、図面は6時間以内に回答。営業ノルマはなし。平均受注数はわずか5個。

常識で考えれば非効率の塊。だがこの“非効率”が、誰にも真似できない参入障壁となり、唯一無二の価値を生んでいる。


「バネを売るな、ビジネスモデルを売れ」

社長の言葉は、すべてが率直で、しかし含蓄に富んでいた。

「うちはバネを売ってるんじゃないんです。うちのやり方、そのものを買ってもらってるんです」

東海バネの価格は、時に他社の3倍。それでも顧客が離れないのは、納期・品質・柔軟対応の“総体としての価値”が圧倒的だからだ。

営業が売るのは「製品」ではなく「信頼」。現場の職人が直接客先に出向く。H3ロケットの打ち上げに使われた際には、全社員で喜びを分かち合った。

「社員が、自分の仕事が世の中の役に立っているって実感すること。それが一番大事なんです」

「比べない」評価制度が育む安心と挑戦

人事制度の話に及ぶと、再び強いメッセージが飛び出す。

「人と人を比べない。うちは“絶対評価”です」

評価軸は「東海らしさ」──
お客様よし、自分よし、みんなよし/まずやってみる/手間を惜しまない。

リーダー・マネージャー・役員の3段階による客観評価、評価者訓練とケーススタディの徹底。

「完璧な制度はないです。でも、毎年アップデートしてます」

それはまるで、組織全体が“試作を重ねる製品”のようでもあった。


挑戦は義務、失敗は歓迎

社長の口から自然と出てくる言葉に、私たちは何度も驚かされた。

「試作? しません。うちは一発勝負です」

作ったことのないバネでも、社員は躊躇なく設計・製造に臨む。しかも、失敗しても怒られない。

「怒られたら誰もチャレンジしませんから。新人にも、まず失敗させます」

社内にはレンガ造りの教育施設「継承館」があり、社員が社員に教える風土が根づいている。97講座にわたる教育コンテンツが、文化の厚みを物語っていた。


「誰でも社長になれる」構造的な仕掛け

一番印象に残ったのは、夏目社長の個人的な話だった。

28歳で父の会社が倒産し、東海バネに拾ってもらった。文系なのに技術に配属され、失敗を重ねながら、やがて社長に就任。

「僕ほど迷惑かけた人間いないですよ。でも、それでも社長になれるのが、うちなんです」

現在、創業家の血縁は経営陣におらず、株主は社員持株会・役員持株会・取引先・投資育成会社の4者構成。誰も15%を超える持株を持たない。

「未来永劫、事業承継で悩まなくていい仕組みを作ったんです」

採用は「石ころ歓迎」

採用に関する質問にも、社長は飾らず答える。

「素直で、嘘をつかない人なら誰でも歓迎。選り好みする立場じゃないですから」

驚くのはそこからだ。入社後は3年間かけて育て、結婚祝い金100万円、隔週金曜休み、ルーキーサポート制度も整う。

「うちは“寄ってたかってやめさせない”文化があるんです」

結果、3年以内の離職率は驚異の0%。人もまた、“完全受注生産”されていた。


東海バネからの問いかけ:「それ、本当に効率ですか?」

見学後、ある参加者がぽつりと漏らした。

「これまでの“正解”が、全部ひっくり返された感じです」

効率、競争、即戦力──現代の経営が信じてきた価値観に対し、東海バネは静かに、しかし力強く問いかけてくる。

「効率化って、本当にそれで人も会社も幸せになりますか?」

50年以上の黒字継続。0%の離職率。たった5個の注文でも断らない姿勢。

それらが成し得たのは、「非効率」を徹底的に磨き上げた結果だった。


東海バネは、バネを通じて“信頼”をつくる会社だった。
社員の挑戦を支え、誰もがリーダーになれるような構造を作り上げる。

工場を訪れたわけではないが、話を聞くだけで“空気感”が染み込んでくるような時間だった。
この会社が私たちに教えてくれたのは、「効率化」ではなく、「人間性」そのものだったのかもしれない。

シェア

関連記事